またもや「愛は地球を救う」とな?

さて、またこの季節がやってまいりました。24時間テレビ。いとうあさこさんがランナーの1人だということで描いてみました。

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2019年24時間テレビのランナーの1人にいとうあさこさんが選ばれる

この人、大好きなタレントさんなんです。だからランナーになられたと聞いて、残念でしたね。

7年前、癌患者でもあった私はかつて感動ポルノが大嫌いで、24時間テレビなんて見たことないです。チラリと映ったマラソンシーンを5分ほど見たことはありますが、うへえ、と切った。(24時間テレビは妙な努力を強いる上、余命映画はみんな美女ばかりで皆最後は死んでしまうため)まあ、過去も今後も見ることはないでしょう。(ろくに見てもないのに批判すいません)

だいたい、今回はぽっちゃり系の女性ばかりランナーに選ぶとは…批判があったからって4人に分散すればいいってもんじゃないやろ。

とはいえ、たとえば滝川クリステルなんかにお願いしたら(請けないだろうけど)完璧にトレーナーをつけて完璧な走りを見せて汗ひとつかかず笑顔でゴールインしちゃうだろう。誰も感動しないだろうなあ。デブが無理めな運動を必死にやって泣きながらゴールするから寄付金が集まるのだ。

苦しんで走っている(走るだろう)なキャラばかり選ぶから、誰かが無理なことをする嗜虐的な視点でばかり企画を立てるから24時間テレビは当事者からは嫌われるんですよ。

▼この癌の方の漫画ブログは胸に刺さります。ほんこれ。
もうタレントさんが走らなくて良いから、私の障害の「声」を聞いてくれ~

私も感動ポルノが大好きだった!?

と、いかにもに物を言ってますが、それは自分が病歴のある当事者だから言えることです。

先日、甲子園を観ていたときのこと。炎天下で関西は35℃超えが毎日にように続いていた。屋根のない球場で子供たちが熱戦を繰り広げていた。

私は呟いていた。

「ああ、いい試合だ。延長にならないかな。いつまでも彼等が闘い続け、頑張りぬいてほしいな」

と。

ハッと気が付きました。これって感動ポルノやん!炎天下で10代の若者が情熱に突き動かされるままプレイを続けていたら体を壊すかもしれない。プロに将来なった人でも甲子園で頑張りすぎて伸び悩んだ人が沢山いると知っているのに…。去年の秋田のピッチャーなんてムリにムリを重ねてたん!と。

なんということ。自分は他者に分かってほしいと思いながら他者のことを考えていない。

しかし、甲子園が、炎天下でなくてクーラーの効いたドームだったら?ピッチャーがもっと制限があって連続して投げられないようになったら?延長試合は無理を強いるからナシになったら?

今のように甲子園に客が入るでしょうか。視聴率を取るでしょうか?

甲子園ファンはなーんだ、と離れていくに違いありません。

私はここ最近ちばあきおさんの「キャプテン」や「プレーボール」が好きでアニメの再放送を好んで見ていたのです。

この漫画こそ、日本人の甲子園ブラック化のような原点です。だが、ムチャクチャ面白い。

ムリにムリを重ねて練習をする若者!体を壊しても頑張る球児たち!頑張れば夢がかなう!仲間と一緒なら何でもやれる!

これこそ、日本の今の問題であるブラック企業や部活、カルト宗教のような組織、同調圧力に通じる。さかのぼればインパールやラバウルの戦中などの特攻玉砕意識そのものです。

こういう甲子園の無理めの頑張りを欧米人は「クレイジー」とバカにするそうですが。。。私たち日本人はつい、仲間で励まし合って無理して弱点を克服したり、心身を酷使して頑張りぬくことに感動してしまうのでした。

欧米人は欧米人で仲間が大事!ではなく、オレ、オレ、オレさまこそが世界を救うヒーローになりたいという歪な自我意識があるので、どっちもどっちなんですが…。

将来のある若者が炎天下で死闘を繰り広げるさまを楽しむ我々は、かつての学徒出陣をヨシとする風潮とまるで変ってません。死闘をするなら若者ではなく、中高年以上がすべきなのです!(しかし見目うるわしい若者が闘うから面白いんだよね…じじいやばばあが試合したって全然、絵にならないからなあ)

と、いうように、人は立場の違う人を思いやれない。24時間テレビを批判する資格など私にはないのです。

24時間テレビはいいところがある

とはいえ、近年悪名高い「24時間テレビ」を辞めたらいいかというとそうは思いません。

障害者や弱者の心をちゃんとわかって真面目に番組を作っている例えばNHKのバリバラ

今年もまた24時間テレビに対抗して「2.4時間テレビ愛は不自由」と銘打ってます。なんてイケてるコピーなんだ。。。。

しかし、きっとバリバラは24時間テレビの1/10も視聴率も取れないし、寄付金も集まらないでしょう。だからこそNHKなんです。公共放送である意味はそこにあります。(だからN国にふざけて投票したのは失敗やった)スポンサーがいたらこんな良質な番組は作れません。

人と人は違う

何度も言いますが、人は違う立場の人を100%分かるなんてことは決してないのです。

私は子供がいませんが、お子さんのいる方の苦労を分かりきれません。でもTwitterで散見する意見を元に手助けはできます(電車で優しい目で見てほしいなど)意見を聞けるから助けることができるのです。それでも100%分かりません。どこかで無意識に傷つけたり傷つけられたりしているんじゃないかと。

人は人を何も聞かなくても察する能力などないし、立場の違う人に勝手な物語をつけて感動したり軽蔑したり差別したり助けたりするんです。

「子供がいなくてかわいそうね、だから不妊治療もっと頑張れば?」と身内からもアドバイスされたことがあります。それは立場が違うからです。悪気はない、良かれと思って言ってます。同様に私も、球児たちに「もっと頑張ればいいのに!」とほざいたりします。良かれと思って。

「凪のお暇」というドラマでも主婦たちがシングルマザー一家に偏見の無知の言葉を言います「手に職がなくて苦労しているのよね?男出入りが激しくない?子供を虐待してない?」悪意がさほどあるわけじゃなくて、無知なだけなんです。自分たちの知っている価値観と世界のみで良かれと思って言ってるんです。

でも、彼女たちに見識を広げて多様性を認めるべき、と指図する権利は誰1人としてないのです。テレビばっか見て本を読まないから視野が狭いのよね、だから主婦は…。というのも差別だもん。

悪意がないことを踏まえて人の意見を聞く、あるいはスルーする必要があります。

癌患者だと泣かれた

かつて面白かったのが似顔絵の席描きしているときにある若者カップルが私の名前で乳がんブログを検索して感動して泣きだしたことです。こっちはもうすっかり社会復帰して、さあ、君らの顔を楽しく明るく描くぞ!と張り切っているのに、泣かれたのでびっくりしました。「苦労されたのですね!感動しました!」と。いや、それ、はるか過去のことだから。お願いだから笑って。表情が絵が暗くなるじゃん、と。でも彼等の気持ちは分かります。若い世代だから身内に癌患者がいないから、びっくりして、世間や24時間テレビや余命映画の印象をそのまま口にしたのね。知らなければ当然です。

差別とは悪意があってするものではない。無知が呼ぶものです。無知であることは何ら責められることではなくその人達の自由です。無知じゃない、と自ら信じる人もどこかの世界には無知なもんです。

癌患者自身も、自分の可哀想さかげんで、余命・闘病ブログを書いてアクセスをかせぎ承認欲求を満たそうとする人もいます。悪気はないけど、わざと病状を大げさに書いたりする。アクセスとランキングた上がるからです。そういうことが悪いわけじゃなくて、癌患者自身も感動ポルノを利用して生きる糧にすることだってあるのです。

可哀想だから助けてもらえるわけじゃない

福祉の募金世界にも差別はあります。例えば、世界のどこかにいる10代はじめに結婚させられる少女と、身近にいるアルコール依存症で孤独死する御爺さんとどちらが同情と寄付金が集まるでしょうか?言わずもがなです。

▼この本にそういった募金やボランティアにおける格差も述べられていて面白い

マーケット感覚を身につけよう—「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法”]

かわいそうだから、その人に必要だから、弱者だからお金がくるわけではない。「物語」が必要なんです。美しく、人の胸を打つ物語が。かわいい幼い少女が自分の募金で救われたら物語に参加した気持ちになり嬉しいでしょう。でもアル中のじいさんにお金を出しても大して楽しくないという現実があるのです。(実際、治療したら治る人も多いのに、放置されて貧困化して泥沼化しているのが現状です)

24時間テレビはそういったマーケティングを踏まえて作られているのです。だから時流が変わるとともにこのテレビの構成も変わってくるでしょう。

時流を変えるには具体的に声を挙げていかなきゃいけません。言わなくても分かってもらえるなんてことはない。分かってほしければ何をどう欲しいのかどう理解してほしいのか発する必要がある。

見当違いの物語にNOという権利があると同時に、相手にも勝手に物語にはめて感動するという自由もあるのです。人と人は違います。分かってもらう権利があると同時に分からない権利もあるんです。もし分かってほしければ自分の立場を根気よく発していくしかないんです。SNSなり選挙なりで。何もしないで意見もいわず要望も出さず選挙にも行かず察してもらえない、世の中はひどい、ひどいと言い募る被害者意識は持ちたくないものです。

金には人格も貴賤もない

とはいえ「分かってもらう」ことに執着するのは時間の無駄ではないか。それよかお金だよな、とも。

かつて癌患者であったときに一番苦労したのは「お金」でした。癌保険に入ってなかったから、少ない貯金はなくなるし、再発の危険があるので保険にはもう入れないし。

私の願いは気持ちを「分かってもらう」ことではありませんでした。病気になったら生活も治療費も大変だ!だから金なんとかしたい!でした。国民皆保険の日本でも、病気に際してお金は悩ましいものなのです。

だから24時間テレビは存続したほうがいい。

マスコミが世間が障害者や病人にいかに見当違いの物語をはめようが、それが大多数の人達の感覚であり、視聴率を集め、寄付金が集まれば、絶対そっちのがいいです。

私は偏見よりもお金を取ります。偏見は無視すればいいけど、お金はないと詰みます。

ウィキで読んだら、24時間テレビはお金をちゃんと集めて使ってます。

24時間テレビ_「愛は地球を救う」

去年の募金額は893,767,362円です。

24時間テレビに批判があれど、批判者がこれだけのお金を用意できるだろうか、いや、できまい。

「分かってほしい」の枠はNHKが作ってくれるので、それを観たらいいんじゃないか。24時間テレビはひたすら集金してほしい、と。

競艇や競馬、パチンコも福祉にお金を使ってます。

かくいう似顔絵産業だって、お客様が全員、芸術や絵に造詣が深いわけじゃない。(そもそも、そんな人は私に頼まないw)アートにとって「正しい」人がマーケットを構成するわけではないのです。

福祉や募金もレッキとしたマーケットなんです。

お金にゃ貴賤はない。

24時間テレビをきっかけに年に一度でもマイノリティに心を寄せて、無関心な人が10円でも払うなら役目をはたしていると絶賛すべきでしょう。

いとうあさこさんの茹で卵から連想した人達

いとうあさこさんは茹で卵みたいにマルッとしてツルツルしてるな~と思ったら、板東英二さんを思いだしました。

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ゆで卵の顔といえば板東英二さんの似顔絵イラスト

健康そうで張りのあるホッペが卵を思わせるのですね。

板東英二さんに似ているといえば、オール阪神巨人の人が顔立ち似ている。

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吉本芸人のオール阪神さんの似顔絵イラスト

描いて比べてみたら一目瞭然ですね。顔立ちのパーツと位置が似ているんですね。板東英二さんと阪神さんは。

連想ゲームのように似た顔を描いていく練習もたまにやります。

24時間テレビのランナーの人選、毎年微妙にうまくやりますよね。吉本芸人といえば寛平ちゃんも走ってたなあ。野球選手は選ばれないよね。難なく走るだろうから。

テレビ映えする顔で苦悩して走って体も壊さない程度の人が選ばれるんだよね。いとうあさこさんの玉子顔が適してると思われたわけだ。頑張ってください!(観ないけど)4人のチャリティーランナーは身体を大事に走りぬいていただきたい。