村上春樹の最新小説
これから村上春樹の「騎士団長殺し」の話をします。
ラストは伏せてるけど、ネタバレあるんで未読でこれから読もうとする人は読んでから来てね!
世界が誇る小説家、村上春樹の最新人気作が文庫になったというので、さっそく読んでみました!
面白かった!一気に読めました
騎士団長殺しは顔を描く仕事をしている人が主人公
さっそくネタバレですが
この小説の主人公は似顔絵師です。
小説には肖像画家と書いてますが…仕事的にはまったく似顔絵師の感覚と一緒です。なので、とても色々共感したりビビったりしながら読みました!
小説の物語は、
色んなトラブルを客が持ち込んできて大変なことになる
です。(←一行で終わった(笑))
村上春樹特有の、伏線の風呂敷をたっぷりと広げ、ヒロインがいなくなり、彼女を探して不思議な世界への冒険のはじまりだ~!という所謂、村上春樹のワンパタではあります。が、それがいいんですね。
やっぱ春樹は楽しいですよ。キャラもステキだし。エロな描写もしっかりあるし。
恐ろしきかな、顔のない男の顔
似顔絵や肖像画を描く人はこの小説には震撼するはずです。
冒頭から恐ろしいシーンが出てきます。寝ている主人公のもとに客がくるわけです。
「肖像を描いてもらいにきたのだ」、顔のない男は私がしっかり目覚めたのを確かめてからそう言った。彼の声は低く、抑揚と潤いを欠いていた。「おまえはそのことをわたしに約束した。覚えているかね?」
ひいい。顔のない人の似顔絵を描くなんて!そんな恐ろしい仕事!考えただけでも震える。それも約束した仕事だと寝ている自宅にくるのか!ギャ~!
似顔絵描く人は覚えがあると思いますが、特徴を捉えきれない顔立ちの人というのはいるものです。自分が描くのが得意な顔、そうでない顔、あると思います。
以前描いた上野樹里さんの顔は書けば描くほど迷宮に入った
そういう方を前にしたら、描けば描くほど似なくなり焦ります。そういうシーンを夢で何回か観てうなされ、汗だくで夜中に目が覚めたものですが
村上春樹さんの筆致はそういう悪夢そのもので、読んでいて、震撼しましたよ。。。
冒頭それですよ。絵描きとしては恐怖そのものの客。
顔のない客
でも仕事だからやらんといかん!そんなヤバい仕事&プレッシャーがあるでしょうか!!
後のストーリーも変な(顔を描いてくれの)客が次から次へと現れ、主人公は大変な目にあうのです。この小説は肖像画家(似顔絵師)の受難物語といえます。
肖像画家と似顔絵師の違い
小説は肖像画家と述べてますが。作者は似顔絵師と肖像画家という職業を全く区別していて、小説では、
こんな絵ではただの似顔絵にすぎない
などといった表現が何度かあり、似顔絵師の仕事を下等な感じで見てます。
そのあたりの価値観だけがこの小説への不満でした。
しょうがないです。村上春樹さんは団塊世代でもある。旧態依然とした絵画観でもって「似顔絵師」と「肖像画家」を区別していて、それを小説内で述べている。
その基準は人それぞれですが、、、団塊世代以上の自称芸術家という人達がそういう感覚でこちらの商売に近づいてきて小ばかにされたことが何度かあるのですが(笑)
似顔絵業界がいまや市場が大きくなり一大マーケットを形成していること、まさに現代アートの俎上に載りつつあること、百花繚乱であることを知っていくとだんだん黙ります。
結局、人の顔を描いてお金をもらう商業マーケットであるということ。そこに肖像画家と似顔絵師に厳密な違いはないのです。その境界線を厳密に示せる人はまったくもっていないのではないか。
昔から肖像画というのはお金をもらって他者の顔を画家が描くという仕事で、それはまさに似顔絵師のすることだからです。美術史でいうと似顔絵師はルネサンス以前よりいたわけです。
レンブラントやダビンチも似顔絵師だったというと美術家は怒り出しそうですが。。。
肖像画家の方がなんかすごそう?でもそれって誰のこと?
要するに古い美術感覚を持つ彼等の価値観では
作務衣を着て道端で貧乏そうに短時間で安価に顔(庶民、ファミリー層)を描いている=似顔絵師
芸術的な価値のある顔(それも社会的地位の高い人々)をリアルで古典的な画風で描く人=肖像画家
と捉えています。今でもその価値観の人があるのは分かりますが…あまりそれを言うと古い人だ、と思われる覚悟をしてほしいものです。
現代の実態はまるでその基準にそぐいません。肖像画といわれる古典的なリアルな画風がまったくつまらないものと思われだしてもいるし、また、コミックとアニメとアートの境界線が薄くなっていること、額に入れて飾る絵画に芸術的価値があるとは限らないと、多くの人が感じはじめています。
要するに、アートとは時代と共に成長するもので、もともと境界線がないもの。時代を捉えている最もイケているものです。
中高年以上が美術館や画廊に今とても沢山いますが、彼等の価値観は
美術館やギャラリーに飾る=エライもの
イオンやお祭りで描かれるもの=底辺
という感覚がある人が少なくありません。それも自分なりの価値観からそう思っているわけではなく、単にそんな感じのような気がするから、権威がありそうだから、という古い感覚のみです。
でもいまや美術館などただの箱だと多くの人が気が付いてます。
元々、美術館はヨーロッパの貴族がはじめたエッチなグラビアテーマパークでっせ。(あるいはキリスト教が文盲の人のためにはじめた洗脳絵画の展示場=教会)
10分で描くいわるゆる街角のイベント似顔絵もありますが、数時間かけて、それこそ肖像画よりも数倍の手間や技術をかけて思考し、似顔絵を完成させて販売している人も沢山います。
自分のことを言うのはなんですが…汗(時間だけで言うなら)1人を通販で描くのに最低4時間は使ってますよ。
芸術とはマテリアルでなく哲学思想のことである
絵画とはフォルムと画風のことを言う人が多いですが(リアルだとかカリカチュアだとか)私はそうは思いません。そこをはき違えると延々、変な論争になります。思想なきところには不毛な闘争しかありません。
美術史と美学の本質は哲学と思想です。画家は筆を持つ思想家であるのです。
そうでなければ、キュビズムはピカソのあのヘンチキな顔の形態のことを指すし、印象派はスーラの点描の描き方のことを述べ、モネのモヤモヤした絵の具の置き方のことを指すはずです。そうではないのです。
潮流とはマテリアルのことを指すことではないのです。
ピカソの価値=変な顔を描く、ではないのです。
時代と思想と哲学を捉え、顔を借りて絵の中にそれを映し出すこと。それを観て人は何かを感じ、強く心を動かされる。だからこそ美術美学という学問が成り立ち、文脈が成立するのです。
絵画とは突発的なフワッとした何か情熱の塊と思われがちですが、実は論理思考に裏付けされた世界でもあるんです。
顔や人物を描く絵の存在価値を示した村上春樹
そういう観点からいえば、この「騎士団長殺し」という小説はその本質を突いていたと思われます。
騎士団長が描かれた日本画を中心に物語は展開するのですが
主人公の画家は、ありとあらゆる個性的な人の顔を描くことで不思議な世界に引きずりこまれます。
騎士団長の絵は、ただの絵ではなく、迷宮のような夢想世界、変わりつつある時代の価値観や、ジェンダーと生殖とセックス。そして現代人が持つ孤独感を映し出しています。
村上春樹の小説世界の特徴でもありますが、特有の音楽(やっぱクラシック)や戦争の歴史、日本画や美術史についての教養がないと読み進められないです。齢35歳の一介の絵描きである主人公がこうまでヲタクじみた教養があるのが(まるで大学教授の老人のようだ)ヘンチキであり、まるで今の30代にそぐわないのですが
そこが、似顔絵師とは違い、肖像画家には教養があるんだぜ、という村上春樹の差別感を見てとれるのは私の僻みかもしれませんが…。
まあ、こんな35歳はいないだろう、70歳の村上春樹そのものやろ、と突っ込まざるを得ないのですが。
美術史家の木村 泰司さんは、絵画芸術は”感じる”だけのものだと日本人は思っているようだが
「読む」ものである。
とはっきり述べています。
ある種の教養や歴史に裏付けられた文脈を読むのが絵画鑑賞の基本である、と。私もそう思います。美術史とはそういった業界です。
CtoCで顔を流行りのマテリアルで描く商用ベースの似顔絵。そこに歴史や哲学や思想をベースにした教養・文脈を読むこと、見出すことは困難かもしれません。まあ、めっちゃ難しいでしょうなあw(だから保守的な美術系の人らにはバカにされがちなんですが…)
でも真摯に描き続けるなら、そういった時代の何かを、美徳が滲み出るような作品が出来るはずだと、私はなんとなくは信じて描いてはいるんです。そのために対象の人の息遣いや人生や性格を出していくために四苦八苦しているのです。ヘタなりにですね汗汗
なぜ描くか、なぜ描かれるか、そして、その絵はどういう役割があるのか、ということをこの村上春樹さんの「騎士団長殺し」を読んで考えたりしました。
小説の真意は、このような私の感想とは違うと思うんですけどね。小説のテーマが絵と顔を描くことがテーマだったんで。そっちのバイアスで読んでしまいました。
絵を描く人は一度読まれるといいのではないでしょうか。いろんな意味で楽しめる小説です。
似顔絵師を主人公にした小説やマンガ
人の顔の絵を描く人を主人公にした、という点で「騎士団長殺し」は目のつけどころが面白い。
似顔絵師や肖像画家の世界はドラマや小説にはなっていません。
「過保護のカホコ」の主人公の相手が最後に似顔絵師になったような記憶が…。探せばあるのかもしれませんが、あまりヒット、バズった作品は見当たりません。
北斎とかゴッホとか美術画家は映画や小説にはなっていますが。
思い出すに数年前に似顔絵師(!画期的!)が主人公のマンガがジャンプで連載されていました。が4巻で終わってしまっています。お試しを読んでみましたが、ちょっと私には…。いかにも芸術家である自分たちはこんなにすごいんだ~っていうナルシシズムに満ちていて。。。私はそういう「アーティスト」という人種は苦手なので…。マンガの絵はすごく上手いだけど。
似顔絵は商業経済としてとても新しく面白い分野なので、そういうのを含めた物語の方が読みたいです。
成長物語のようなのが読みたいな。
ヲタクの少年、のび太くんみたいな子が似顔絵を描くことで人と出会い、自立していくというビルドゥングスロマンが読みたいわ。。。猿渡さんの絵はいいんだけど、格闘技っぽくて強いからなあ。ああいう絵描きもいるにはいるけど、今の子は共感しずらいんじゃない?
マンガ「ラーメン発見伝」のようなのがいいな。ラーメンは確かに芸術で至高かもしれないけど、それをどうやってマーケットに載せて夢を叶えていくか、という現実的、リアルな経営の物語のような感じを出していったら面白いんじゃないの?
絵の世界も同じで。すごいから上手いから芸術だからそれで食べていけるわけではない現実。多様性ということはどういうことか、物を大衆に売るにはどうしたらいいのか?そのエッセンスがこのマンガには詰まっている。ラーメン好きじゃなくても何か起業したいとかフリーランスしたい人は読んでみて!すごく面白いから。
似顔絵の醍醐味って純粋に「描くことが好き」という側面もあると思うけど、マーケットの中にハダカで飛び込んで冒険していくような面白さがあると思うの。そういうマーケティングも含めてドラマなんじゃないかな。
というような、似顔絵師を主人公にしたマンガや小説はあまりないんですね。
漫画家を目指すジャンルなら有名な
大場つぐみ&小畑健「バクマン」や東村アキ子の「かくかくしかじか」などはヒットしてます。
漫画家は小学生には人気な職業だからな~。そのうち似顔絵を描く人も人気の職業になるでしょう。なるかな?現代はネットもあるので、市場はますます拡大するし、将来の夢=似顔絵、そのくらい勢いが出てくるかもしれん。ユーチューバーにしろ。食べていけるか(まったくもって)分からない博打に夢を抱く少年少女は多いものです。パティシエにしろ、個人事業主って人気だよね。スターになりたいのね、みんな。
というか、今や副業を含めて似顔絵を描く人はめちゃめちゃ人口多いでしょうね。買う人も増えてきて、プレゼントに似顔絵って今や普通のことですよ。ハンドメイド市場もプロアマ区別なくなってるし。インターネットのCtoCのシステムが確立されたおかげですよ。いい時代ですね。
肖像画家の募集もある
肖像画家、というジャンルも(つまりリアルな古典的な画風で描く)求人がなきにしもあらず。
じっくり&リアル系の画風の人はこちらを目指すのもありかもよ?「騎士団長殺し」の主人公のような不思議な体験ができるかも?