歴史好きの若者が増えている
最近は城や寺院に行くと若い人が多くびっくりします。ゲームの影響もあるとはいえ、会話をもれ聞くに太刀打ちできないほどの知識・探求心を持っているのがわかり驚嘆します。
いつの時代でも歴史は私たちの心を捉えて離さないのです。
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
画家ゴーギャンの絵画の主題ですが、老若男女問わずこの問いをせずにはいられない。とくに昔、過去、「歴史」を学び楽しむことで、この問いの真実に近づくのではないか。
日本の歴史観を小説で確立した人
この探求を小説を通じて行ってきたのが司馬遼太郎さんという人です。
亡くなられたのは20年も前なのでとっくに忘れられそうなものですが、今年は映画「関ヶ原」といい原作映画が公開されました。
司馬遼太郎さんの死に衝撃を受ける団塊の人々
20年前は私は学生だったんですが、司馬さんが亡くなったとの報が流れたとき、年上の人達(いわゆる団塊世代以上)の人々の驚愕とショックを目の当りにした。
あああああとか頭を抱えたり
司馬さんの意思を俺は継ぐんだ!
とか言っておじさんたちが本気で悲しんでるんですね。ええ、もちろんお知り合いとかでなくて、皆さんただの読者です。それをはたで見ていた私はびっくりしました。え?そんなすごい人なの?と。有名な「龍馬が行く」は1回読んでましたが、あ~そうなの。くらいでした。
いまさらながら司馬遼太郎さん
あれから20年。最近、歴史学者の磯田さんファンになり、その流れで司馬作品を読みはじめてるんです。
すごいですね。刺さりますね。若いときとは印象が違います。
びっくりしたのが、いわゆる英雄譚ではないんですよ。司馬遼太郎さんの視点って。
こいつが司馬史観というやつかあ
とルパン三世みたいに独り言言ってるんですがw
昭和生まれに司馬さんが与えた影響ってハンパないです。現在の日本史のキャラクターを作り上げてきたのは司馬遼太郎さんといっても過言ではない。
司馬遼太郎さんの思想の土壌
司馬遼太郎さんは戦争体験者です。それも学徒動員(若い大学生が終戦まぎわに戦争に駆り出されて特攻隊とか捨て石みたいにされた)され
22歳だった司馬は「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に産まれたのだろう? いつから日本人はこんな馬鹿になったのだろう?」との疑問を持ち、「昔の日本人はもっとましだったにちがいない」として「22歳の自分へ手紙を書き送るようにして小説を書いた」と述懐している。
うがちすぎかもしれないですが今の日本の閉そく感に悩む若い人と同じなんじゃないか。ブラック企業とかの若者の使い捨ては戦争のときとまるで変ってないじゃないか。
戦争体験というものが彼の創作の原点になったのだと。
先日読んだ「関ヶ原」にも現在の日本の体制への批判や思考する視点が散りばめられています。戦国武将を通じて、日本の近代を考えるのって時代が離れすぎてるようでもあるんですが
ただたんに昔のことを思っての小説ではない。過去は断絶された昔のことではない。今の立ち位置と繋がっている。それを見極めるために書いていた。
だから司馬さんの小説は人々の心を捉えて離さなかった。戦後の日本人は多かれすくなかれ戦後ルサンチマンというものを抱えていて葛藤しています。現在もそうです。司馬さんの小説はその問いに向かいあっている。
戦争体験者だからといって司馬さんの小説は感情的な左寄りの戦争反対論調ではないです。非常に現実的に合理的でかつエンターティメントの形をとり、日本史に向き合っているのでは。その辺りは現在も論争かしましいところです。
※司馬遼太郎の小説には肝心の昭和史はありません。あくまでも昔の出来ごとに近代史を重ねます。昭和史は司馬さんにとって物語化するにはあまりのもダイレクトすぎるのでしょうか。反対に半藤一利さんはまさにダイレクトに昭和史を扱う作家です。対照的なお二人ではないか。
似顔絵:司馬さんの顔立ちと容姿について
と、司馬さんについてツラツラ述べました。司馬遼太郎さんの似顔絵は描きやすくてびっくりしました。
特徴的ですよね。この髪型と眼鏡、くちびる。
昨日の中野信子さんじゃないですが カツラではないかと疑ってしまう不自然なボリュームなんですねえ。
大阪の人です。和田竜さんもそうですね。
お墓は京都市東山にあるそうな。近くてびっくり。お訪ねしたいものです。